「少子化対策=金を配る」
日本ではその種の議論ばかりが続いている。だが世界を見渡すと、金があっても子供が減る国もあれば、貧しくても子供が増える国もある。
少子化は、経済だけで説明できるほど単純な現象ではない。根底では、各国の文化と宗教という目に見えない巨大なOSが作動している。
そのOSを順に読み解くと、日本の特殊さが浮かび上がってくる。
欧米──宗教からの「解放」が生んだ新しい家族
キリスト教圏の欧米諸国では、かつて「結婚して子供を産むこと」が神の教えだった。宗教の影響力が弱まるにつれて、この伝統的な家族観が崩れていく。
まず、個人主義の台頭。「家族のため」より「自分の人生」を優先する生き方が広がり、晩婚化と非婚化が進んだ。ここまでは日本と同じ筋書きになる。
違うのはその先のほう。フランスや北欧では「結婚しなくても子供を産んでいい」という価値観──事実婚や婚外子──が制度ごと定着した。結婚という枠組みに縛られない出産が増えたことで、出生率は回復の軌道に乗った。
イスラム圏・途上国──神と伝統が支える多産
一方、中東やアフリカの多くの地域では、高い出生率が維持されている。
- 宗教的に多産が推奨され、避妊がタブー視される地域もある
- 社会保障のない国では、子供は「将来の年金」であり「労働力」になる。多く産むこと自体がリスクヘッジとして機能する
- 家父長制が残り、女性に「産む・産まない」の決定権が乏しいという側面もある
豊かさと出生率が単純に比例しないことが、ここからもわかる。
日本・東アジア──儒教という呪縛
最も深刻なのが、日本、韓国、中国といった東アジアになる。経済は先進国の水準に達したのに、出生率は世界最低レベル。韓国に至っては1.0を割り込んでいる。
なぜ欧米のように回復しないのか。
経済は先進国になったのに、家族観は伝統的なまま。この致命的なミスマッチが原因として横たわっている。
- 「結婚=出産」の絶対視。 儒教的な規範が強く、婚外子は社会的にタブー視される。未婚率の上昇が、そのまま少子化に直結する構造になっている
- 性別役割分担の残り香。 「男は仕事、女は家事育児」という意識が消えず、働く女性にとって出産がキャリアの罰として機能してしまう
- 世間体という名の宗教。 特定の信仰より強力な「みんなと同じでなければならない」という同調圧力が、多様な家族の形を阻んでいる
制度ではなく、OSの問題
日本の少子化は「金がないから」だけでは説明がつかない。「結婚という狭い入り口を通らないと子供を持てない」という、文化構造の問題が根にある。
補助金という対症療法も必要だが、効き目が限定的なのは、OSに触れていないから。
結婚していなくても子供を育てられる社会。他人の家族の形にとやかく言わない社会。
「こうあるべき」という呪縛を解いた先にしか、子供の声が増える未来はないのかもしれない。
