「いつまでも若くありたい」

誰もがそう願う。テレビとSNSには、アンチエイジングの化粧品とサプリの広告が溢れている。

だが、少し立ち止まって考えてみてほしい。

シワを減らすこと、白髪を隠すことに必死になるあまり、「今ある若さ」という最強のエネルギーを使うことを、忘れていないか。

若さの「維持」に囚われて「活用」できていないなら、それは本末転倒というほかない。

若さは「鮮度」ではなく「燃料」である

若さを「徐々に失われていく価値(鮮度)」と捉えると、人生は減点方式になる。

「20代より30代は価値が低い」「昔は良かった」。過去への執着が始まる。

だが若さを「未来を作るためのエネルギー(燃料)」と捉え直すと、景色が変わる。

体力がある。徹夜ができる。失敗してもやり直せる。感性が鋭い。これらは何かを成し遂げるための、爆発的な推進力になる。

燃料は、タンクに保存しておいても意味がない。エンジンに注いで燃やして初めて、人生という車を遠くへ運ぶ。

「保存」した若さは、誰にも見向きされない

傷つきたくないから挑戦しない。失敗したくないから無難な道を選ぶ。

そうやって「綺麗なまま」歳を取ったとして、そこに物語は残らない。

逆に、夢中で何かに打ち込み、傷つき、泥だらけで歳を重ねた人の顔には、深い魅力が刻まれていく。人が惹かれるのは、つるりとした肌よりも、その人がくぐり抜けてきたストーリーのほうになる。

これまで観察してきた範囲でも、年齢を重ねて魅力が増した人は、例外なく「燃やした側」の人間だった。

今しかできないことに、燃料を注ぐ

この貴重な燃料の投資先は、三つに絞れる。

一、失敗する権利を行使する

若さの特権は、未熟さが許されること。

恥をかいても「若気の至り」で済まされるボーナスタイムに、どれだけ多くの失敗データを貯められるか。そこが後半戦の強さを決める。

二、身体感覚を伴う体験

ネットで知識を得るだけでなく、現地へ行き、空気を吸い、人に会い、汗をかく。

若い脳と体で取り込んだ「生の情報」は、一生消えない血肉になる。画面越しの情報は、画面を閉じれば消えていく。

三、利害を超えた人間関係

損得勘定抜きでバカができる仲間を作る。

歳を重ねるほど、人は地位とメリットで人付き合いを選ぶようになる。裸の付き合いができる友人は、後からでは手に入らない、若いうちにしか仕込めない資産になる。

まとめ──種を蒔いた者だけが、笑って老いる

老化に抗う努力を否定するつもりはない。

ただ、「老いないこと」が人生の目的になった瞬間、その人生はもう守りにしか使えなくなる。

「あの頃は楽しかった」と懐かしむ老人になるか。「あの頃に種を蒔いたおかげで、今が最高だ」と笑う老人になるか。

分かれ目は、今日の燃料の使い方にある。

若さは、守るものではない。大胆に、豪快に、使い切るもの。

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