「なんだ、これは」
かつて太陽の塔を見上げた人々が叫んだように、岡本太郎の言葉は読む人間の心に強烈な違和感を突き刺してくる。
『自分の中に毒を持て』。この本は自己啓発書の棚に並んでいるが、中身は別物になる。「常識」や「安定」というぬるま湯に浸かった人間への、宣戦布告として書かれている。
「毒」とは何か
岡本太郎の言う毒とは、自分自身の純粋な感性、強烈な個性のこと。
社会に適応しようとするとき、人は自分の中の尖った部分を削り、周りに合わせていく。いわば解毒の作業になる。誰にも嫌われない、誰の記憶にも残らない「いい人」が、こうして大量生産される。
太郎はそれを真っ向から否定する。好かれようとするな、むしろ嫌われろ。毒を抜くな、撒き散らせ。
他人と調和するための「いい人」をやめ、自分の生命力を全開にして生きろというメッセージが、この一冊を貫いている。
迷ったら、危険な道を選ぶ
人生の岐路に立ったとき、たいていの人間は「失敗しない方」を選ぶ。私もその場面を数えきれないほど見てきた。そして太郎は、その心理を見透かしたように断言する。
危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ
安全な道が退屈なのは、そこに情熱も成長もないから。怖いと感じる方、失敗しそうな方。そちらにこそ、自分の本音が埋まっている。
「失敗したっていい。不器用でいい。それが自分なんだから、堂々と押し通せ」。この言葉に救われた人間は、相当な数になるはずだと思う。
孤独を愛せ
群れることは安心をくれる。同時に、自分を見失わせる。
太郎は孤独をネガティブなものとして扱わなかった。自分自身と対話する崇高な時間として捉えていた。
誰にも理解されなくていい。世間から孤立してもいい。自分だけは自分を信じ、自分の情熱に従う。その覚悟の中からしか、オリジナリティは生まれてこない。
「芸術は爆発だ」の真意
有名なこの言葉は、奇抜なパフォーマンスの話ではない。
全身全霊で、今この瞬間を生き切ること。それが爆発になる。
未来のために今を犠牲にするのでもなく、過去を悔やむのでもなく、今この瞬間に命を燃やし尽くす。燃えた後に何も残らなくていい。燃え尽きた充実感だけあればいい。それが太郎の人生哲学だった。
飼い慣らされていないか
現代社会は、人を型にはめて「常識ある大人」にしようと圧力をかけ続けてくる。
SNSの「いいね」を気にし、空気を読み、失敗を恐れて小さくまとまる。心当たりのない人間のほうが少ないはずだと思う。
そんなときに、この本を開く。岡本太郎の言葉が、血管に熱い毒を流し込んでくる。
人の目を気にして上手に生きた一生と、めちゃくちゃでも自分を生き切った一生。
どちらを選ぶかは、誰にも指図できない。ただ、太陽の塔は今も大阪の空の下で、両腕を広げて立っている。
